大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所沼津支部 昭和59年(ワ)334号 判決 1992年3月25日

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一億二〇五〇万九七二五円およびこれに対する昭和五九年九月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告および他の建設業者一社からなる建設工事共同企業体が、被告の複合施設建設工事を落札し、被告市長との間で建設工事請負仮契約を締結したにもかかわらず、被告市議会の違法かつ不当な議決や被告市長の違法な措置により本契約が締結されなかつたため損害を蒙つたとして、原告が、被告に対し、不法行為にもとづく損害の賠償を求めた事件である。

第三  争いのない事実

一  本件工事請負仮契約の締結

被告は、「沼津市保健センター(仮称)、沼津市青少年教育センター(仮称)複合施設」(以下、「本件複合施設」という。)の建設のため、その主体工事(以下、「本件工事」という。)に着手し、昭和五九年五月一四日、原告など建設業者一八名に対し、共同企業体方式による工事請負の業者指名をした。

原告は、同月二二日、訴外株式会社佐藤建設とともに、右工事の請負を目的として、「佐藤・三信建設工事共同企業体」(以下、「原告企業体」という。)を結成した。

同年六月八日、右工事の入札が執行され、原告企業体が建築代金五億円で落札者となり、同月一一日、原告企業体と被告市長(以下、単に「市長」という。)との間で、次の内容による仮契約(以下、「本件仮契約」という。)を締結した。

1  工事名 本件複合施設建築主体工事

2  工事箇所 沼津市八幡町地内

3  工期 本契約締結の日から昭和六〇年七月一五日限り

4  請負代金 金五億円

5  代金の支払い 前払金なし、部分払い回数四回以内

6  本契約保証金 免除

7  工事内容 仮契約書添付の設計書・図面のとおり

二  文教消防委員会による審査

市長は、本件工事請負契約承認の議案を被告市議会(以下、単に「市議会」という。)へ送付し、市議会は、これを文教消防委員会に付託した。

しかし、文教消防委員会は、昭和五九年七月二六日、原告企業体の構成員である原告は工事施工能力の点で不適格であるとの理由で、契約承認を否とする審査結果を出した。

三  市議会による議決

文教消防委員会の右審査結果を受けて、市議会本会議は、同年八月六日、本件工事請負契約承認の議案を否決した(以下、「本件議決」という。)。

四  原告企業体への通知

市長は、同月九日、原告企業体に対し、本件仮契約にもとづく本契約の締結をしない旨を通知した。

五  再入札への不指名

被告は、本件工事の再入札にあたり、指定業者として原告企業体を指名しなかつたので、原告企業体は本件工事を施工することができなくなつた。

第四  原告の主張(および被告の反論)

一  侵害された利益について

1  条件付き権利

仮契約の法的性格は、市議会が本契約案件を議決することを停止条件とする、工事請負予約契約であると考えるべきである。

したがつて、原告企業体(原告)は、条件付き権利(期待権)を有しており、相手方である被告が、違法、不当な行為により、条件の成就を妨害するときは、民法第一二八条により、不法行為となる。

(被告の反論)

仮契約は、市議会の同意を得たときに本契約を締結する旨の法律上の予約と考えるべきある。本件仮契約書にも、「発注者沼津市長と請負人佐藤・三信建設工事共同企業体とは沼津市議会の議決を得た後沼津市契約規則に基づく本契約を締結することを約し、仮契約を締結する」旨明示されている。

したがつて、市議会の同意の議決がない以上、本契約を締結することはできないし、また、できなかつたことを理由として、相手方である原告企業体(原告)が被告に対し損害賠償請求をすることはできない。

2  人格権

原告は、昭和三四年の創立以来、実績を重ね、原告の工事売上中、公共工事が相当の割合を占めているが、市議会が、原告の工事能力不適格の理由により本契約締結を否決したことにより、原告の信用、名誉は著しく失墜した。

二  市議会の違法、不当な議決について

市議会議員は、公務員として公平、適正かつ誠実にその職務を執行すべき義務があるにもかかわらず、これを怠つて、以下1ないし3の点において違法、不当な議決を行い、原告企業体(原告)の前記利益を侵害した。

1  審査権限を逸脱した違法

現行地方自治制度においては、執行機関と議会とは相互に独立対等であり、執行機関に属する分野に対する議会のチェックは無制限のものではありえない。そして、契約の締結に関する議会の議決は、予算の執行という本来、執行機関に属する分野に対する関与であるから、条理上、議決権の行使は、議会で議決された予算の違法、不当な支出を抑制するという範囲に限定され、執行機関の設けた厳格な基準に合格した工事および建設業者の適格性についてはその審査権限が及ばないと考えるべきである。市議会の本件議決は、執行機関が適格性、技術能力ありと判断した建設業者について、適格性、技術能力を審議して行つたものであり、審査権限を逸脱した違法な議決である。

(被告の反論)

地方自治法第九六条各号に定められた事項については、議会の議決により地方公共団体の意思が決定されるのであつて、原告の考え方は、余りにも議会の権限を狭く解するもので地方自治の精神に背反する。契約の締結に関する議案についても、議会は自由な意思にもとづいて判断すべきであり、被告市議会も自由な意思にもとづいて本件議決を行つた。

2  裁量権を濫用した違法、不当

仮に、審査権限を逸脱していないとしても、本件議決は、地元新聞のためにする被告行政当局および原告に対する攻撃扇動記事に眩惑された市議会が、本件工事契約は否決されるべきとの予断と偏見にもとづき、十分な調査も行わないまま、原告が先に被告から単独で請け負つて施工した明治史料館建設工事の工事結果および原告の建設工事業者としての適格性に関し誤つた事実認定にもとづいて行つたものであり、恣意的かつ裁量権を濫用した違法または著しく不当な議決である。

(被告の反論)

市議会は、本件議決にあたつて、地元新聞の記事に影響を受け、あるいは、眩惑されたことはなく、議員各自が沼津市民の代表としての自覚と良心にもとづき、公正な判断を下したものである。

市議会は、本件工事請負契約の締結につき昭和五九年七月四日の定例会において議第六四号議題として文教消防委員会に付託し、文教消防委員会において前後六回にわたり慎重審議した結果、原告に技術的、資質的に不安があり、本件工事を委ねることは相当でないとの考えのもとに右議案を否決し、次いで同年八月六日の臨時議会において文教消防委員会の結論どおり契約締結を否決したものであり、市議会の本件議決に恣意的かつ裁量権を濫用した違法、著しい不当はない。

3  聴聞の機会を与えなかつた違法

また、本件議決は、請負契約締結を否決するものであつて、行政上の不利益処分にも匹敵するにもかかわらず、議決に対して重大な利害関係を有する原告に対し、何ら事情聴取や弁明の機会を与えない偏頗な審査手続きにもとづき行われたものであり、違法な議決である。

(被告の反論)

議会が、契約締結の議案を審議するにあたり、契約の相手方に対し弁明の機会を与えるかどうかは議会の自由裁量に委ねられるべきである。本件の場合、原告より市長あてに上申書が提出され、その内容が市議会に発表されており、弁明の機会は十分に与えられた。

三  市長の違法行為について

市長には、市議会が違法、不当な議決を行おうとし、または行つたときは、これを是正する措置を講ずる義務があるにもかかわらず、以下のとおりこれを怠り、原告企業体(原告)の前記利益を侵害した。

1  議決されるよう努力しなかつた違法

市長は、仮契約にもとづき本契約を締結すべき者として、違法な議決がなされないよう、与党派はもちろん、反対党派ないしは各議員に対し、原告が前年度に行つた被告の明治史料館建築工事に関する疑惑とされる点につき懇切丁寧に誠意をもつて説得し、理解を求める努力をする義務があるにもかかわらず、これを怠つた。

(被告の反論)

仮契約にもとづき本契約を締結すべき者の義務は、契約議案を議会に提出することや、議決された場合に本契約をすることであり、市長はその義務を果たしている。そもそも、市長は、提出した議案が原案どおり可決されることを期待して議会審議に臨んでおり、本件についても、原告の前回工事の検査結果は許容の範囲内である旨答弁するなどの努力をしている。

2  再議に付さなかつた違法

本件のような議決が行われた場合、執行機関の長としての市長は、議決が権限を超え、または、法令に違反するとして、再議に付す義務があり(地方自治法第一七六条第四項)、その再議決がなおその権限を超え、または、法令に違反すると認めるときは、都道府県知事に審査を申立てるべきである(同条第五項)にもかかわらず、市長は、違法な本件議決に対して当然とるべき何らの措置もとらなかつた。

(被告の反論)

本件議決には権限踰越や法令違反はない。また、再議に付することのできる議決は、当該議決が効力を生ずることについて、または、その執行に関して異議もしくは支障のある議決をいい、本件のように否決されたものについては、効力、または執行上の問題は生じないから、再議の対象にはならない。

3  本契約を締結しなかつた違法

市長が本契約を締結しなかつたことは、形式的には瑕疵がないかもしれないが、先行する本件議決に瑕疵がある以上、全体として違法たるを免れない。

三  損害

被告の前記二、三の不法行為により、原告の前記一の利益が侵害され、以下の損害を蒙つた。

1  本件工事により原告企業体が得べかりし利益のうち原告の分

五億円(本件工事代金)×〇・一(利益率)×〇・五(原告分)=金二五〇〇万円

2  履行着手により原告企業体に生じた損害のうち原告の分

二二〇三万八九〇三円(綿半工機株式会社に昭和五九年七月二日および四日発注、買い受けた異形棒鋼の合計代金)×〇・五(解約による減額)×〇・五(原告分)=金五五〇万九七二五円

3  信用、名誉の失墜による将来の利益の減少

九億円(三か年にわたる売上減少見込額)×〇・一(利益率)=金九〇〇〇万円

4  遅延損害金

右1ないし3の合計額に対し、不法行為の日の後である昭和五九年九月一六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金。

第五  当裁判所の判断

以下、証拠により認めた事実については、その認定に供した証拠を[ ]内に掲げる。

一  被侵害利益の有無について

1  仮契約の法的性質について

地方公共団体が条例で定める契約を締結するためには議会の議決を得なければならないが(地方自治法第九六条第一項第五号)、議会の議決を得るためには、契約の相手方、内容、金額等を具体的に特定したうえで契約議案を提出する必要があることから、実務慣行上、地方公共団体の長が、特定の相手方との間で、予め、本契約の内容となるべき事項を取り決め、議会の議決を得たときに当該事項を内容とする契約を締結する旨を合意しておくのが通例であり、この合意が、一般に、仮契約と呼ばれている。

仮契約の趣旨、性格については、法令上特に定めがなく、それをどのように解すべきかは、第一次的には契約当事者の意思の解釈の問題であるが、右のような仮契約制度の目的にてらすと、通常は、議会の議決が得られることにより、当事者間に本契約を締結すべき債権債務が発生するが、議決の得られないことが確定すれば無効となる旨の、議決を停止条件とする本契約の予約であると解するのが相当である。

これに対し、仮契約は議会の議決を停止条件または解除条件とする本契約であるとする反対説があるが、これでは議会の議決前に契約が成立することとなつて、前記法条の趣旨に反することになるので、相当でない。

2  本件仮契約について

本件仮契約の対象は、種類が工事の請負であり、その予定価額が金五億円の契約であつて、地方自治法第九六条第一項第五号、同法施行令第一二一条の二第一項、沼津市議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例第二条により、市議会の議決を得なければならない契約に関するものであり、沼津市契約規則第三一条に従い書面により締結されたものであるところ、前記のような通常の仮契約の場合と別個に解すべき事情は何ら見当たらず、また、本件仮契約の契約書においても、表題に「建設工事請負仮契約書」と、また、本文に「上記の請負工事について発注者沼津市長と請負人佐藤・三信建設工事共同企業体とは沼津市議会の議決を得た後沼津市契約規則に基づく本契約を締結することを約し、仮契約を締結する。」と、それぞれ明記されているのであつて、当事者の意思解釈上も、本件仮契約は、前記同様の趣旨、性格を有するものであると解るすべきである。

したがつて、本件仮契約は、市議会の議決を停止条件とする、本件工事請負契約の予約である。

3  仮契約上の地位と不法行為について

ところで、仮契約の性格が条件付き予約であるからといつて、仮契約の相手方の地位が法的に何ら保護されないと解することは許されず、相手方の仮契約上の利益、すなわち議会の議決が得られれば本契約を締結できるという利益が民法第一二八条により保護されることはむしろ当然である。したがつて、地方公共団体の議員や長による右利益の違法有責な侵害行為は不法行為を構成し、地方公共団体は相手方に対し、相手方が右利益の喪失により蒙つた損害を賠償する責任があるといわなければならない。

もつとも、議会の議決自体が停止条件となつている以上、議会が契約を否決すること自体が違法な侵害行為とならないこともまた当然であり、議会が契約を否決したとしても、地方公共団体は何らの責任も負わないのが原則である。ただ、例外的に、議会の否決行為そのものが違法で、かつ、議員に相手方の利益の侵害につき故意または過失が認められる場合や、長の違法な行為により議会の議決が得られず、かつ、長に同様の故意または過失が認められるような場合には、地方公共団体に不法行為責任が生じるものと解するべきである。

4  結論

したがつて、原告は、原告企業体の一員として、市議会の議決が得られれば本件工事請負の本契約を締結できるという仮契約上の利益を有しており、これが、市議会の違法な契約否決あるいは市長の違法な行為により侵害され、かつ、議員ないしは市長に故意または過失がある場合には、被告は、原告に対し不法行為にもとづく損害賠償責任を負う。

二  本件議決の違法性について

1  本件議決に至る経緯

(一) 第五回市議会定例会における審議

昭和五九年七月四日、第五回市議会定例会第九日において、鈴木嘉一議長により、本件工事請負契約の締結が議第六四号として議題とされた。

同議題に対し、荻沢稔議員から、原告企業体の一員である原告は全市民の注目の的になつている明治史料館の建設工事を被告から請け負い、昭和五九年六月に着工し、昭和五九年三月に竣工した会社であるが、原告企業体を本件工事の入札者に指名するにあたり原告についてその適合性を検討したのか、また、原告企業体が本件複合施設を作るとき明治史料館の工事のように工事の出来ばえが問題にされるような事態が起らないのかとの旨の質疑があり、中村利和助役から、指名委員会では慎重に検討したうえで指名を行うもので、また、本件複合施設については良いものを作るよう十分監督したいと思う旨の答弁があつた。

以上で質疑は打ち切られ、議第六四号は文教消防委員会に付託された。

(二) 文教消防委員会(同月六日)における審議

同月六日、文教消防委員会が開かれ、他の案件について審議された後、議第六四号が議題となつた。長沢隆一委員長は、まず、本件について民生病院委員会との連合審査会を開催することを諮り、委員全員により異議なく決せられたので、まもなく両委員会の連合審査会が開かれた。

連合審査会においては、入札の経過、原告らの過去の建築工事の実績等について短い質疑があつた後、民生病院委員会委員が、同委員会としては立派な工事を完璧にやつてもらうという強い要望のほか意見がないとして退席し、連合審査会は散会した。

そこで、文教消防委員会が再開され、冒頭、小川晃司委員から、原告が施工した明治史料館をつぶさに調査したい旨の発言があり、その旨決定され、委員らは、委員会休憩中の約一時間、現地に赴いて、明治史料館を、外観を中心に視察した。

視察後再開された同委員会においては、本件複合施設の面積、予算の内訳等について短い質疑が行われ、散会した。

(三) 同委員会(同月七日)における審議

同月七日の同委員会においては、まず、「明治史料館に関わる諸問題について」と題する協議案件が議題とされ、松岡剣次社会教育課長から明治史料館の駐車場用地取得の経緯についての報告があつた。

次いで、議第六四号の審議に入り、明治史料館の工事監督の方法等に関する問題について、立木栄一、川口末吉、西原豊の各委員から、工事監督員が常時工事の監督を行い指示を出し中間検査に合格しているにもかかわらず竣工検査において七八か所の手直し指示を受けているのは工事の監督または検査に問題があるのではないかなどの質問があり、市の当局者からは、問題があればその都度指示を出し業者に直させた、外壁タイルなどの材料検査はその都度行われた、玄関ポーチのコンクリートは約二七メートルの長さのものにつき二二ミリメートルの寸法上の狂いがあるが許容の範囲である、同床タイルは施工の途中で歪みが出たが許容の範囲である、明治史料館を設計した森京介建築事務所では工事の出来ばえについてあまり満足でなかつたができあがつたものについては許容の範囲であるということであつた、できあがつたものについては許容範囲ということで理解願いたい旨の答弁がなされ、同日は散会した。

(四) 同委員会(同月八日)における審議

同月八日も、同委員会において、引続き、議第六四号についての審議が行われた。

会議においては、丸山久乃、小川晃司、立木栄一、多家一彦の各委員から、原告の行つた明治史料館工事の検査評点はどの程度であつたか、玄関前タイルは非常に見苦しいがどうか、本件複合施設はどのような建物であるか、などの質問があり、市当局者から、原告の明治史料館工事は六〇点以上は合格点ということで合格としたが点数の公表は勘弁してほしい、玄関前タイルは確かに歪みを仕上げでうまく処理できなかつたが一応許容の範囲ということで合格とした、本件複合施設は通常の庁舎を建てる程度の技術力を有する業者であれば十分竣工できる建物である旨の答弁がなされた。

右質疑の後、委員長から、議第六四号については慎重な審査を行うため継続審査としたいとの発議があり、異議がなかつたため閉会中の継続審査に付すことに決定された。

(五) 同委員会(同月一七日)における審議

同月一七日における同委員会においては、まず、協議条件「明治史料館に関わる諸問題について」が上程され、長沢隆一委員長から、明治史料館の駐車場用地の取得に関し、同日、検察庁に告発状が提出されたこと、および、同月九日に住民監査請求が提出されたことの報告があり、当該用地に関する登記名義の問題について若干の質疑応答がなされた。

次いで、議第六四号の審議に移つたが、まず、立木栄一委員の質疑により、同月九日の本会議において助役が「原告の請け負つた明治史料館の工事検査の結果はCであり、技術が少し劣つている面があるので点が高くつかなかつた。」と答弁していることが確認され、さらに、西原豊、川口末吉の各委員から、明治史料館工事を設計管理した森京介建築事務所の意見を聞きたい旨の要望が出て、その時は同事務所の担当者と連絡が取れなかつたので、次回委員会までに委員長らが意見を聞いておくこととし、かつ、同事務所から市当局に出されている報告書を次回提出するよう当局に命じて、同日は散会した。

(六)同委員会(同月二六日)における審議

同月二六日の同委員会は、午前一〇時に開会されたが、ただちに休憩に入つて委員協議会が開催され、その席において、原告から市長と教育長あてに上申書が提出されていることが、当局から報告された。

右上申書は、原告が、明治史料館の駐車場用地取得に関して何ら違法や疑惑のないこと、および、明治史料館の工事に関して指摘されている事項については、市当局者とも打ち合せの上最善を尽くして施工したものであつてずさんな工事ではなく、部分的に問題のあるところも許容範囲内であることを逐一説明するものであり、その内容が朗読されたが、委員側は、上申書は市当局あてのものであるとして、報告を聞くに止めた。

同委員会は、午前一一時に再開されたが、審議に先立ち、小野隆雄教育次長が、森京介建築事務所が市役所あて昭和五九年六月一九日付けで提出した明治史料館に関する報告書について説明した。

これによれば、明治史料館の屋根最上部棟のフッ素樹脂鋼板については、設計上多少の凸凹は懸念されたが設計意図にマッチしやすいため採用したもので、竣工検査では、施工精度が設計意図を逸脱しておらず、機能的、外観的にも支障がないと判断し、許容範囲内として合格としたこと、カラーベストの割れおよび浮きについては、施工上高度の技術を要することがわかつていたため十分な現場管理をしたが、割れが出てしまつたため機能を重視してコーキング補修し美観的にも許容範囲内として合格とし、同じく浮きについても機能的に支障がなく許容範囲内として合格としたこと、円柱の打放しについては、充分な打ち合せ、試験打ちを行い施工したもので、結果の良否は個人の感覚による差はあるが、全面補修よりは設計の意図する打放しの力強さを貫くための補修に止めたことが報告されている。

次に、事務局から、同月二三日に同委員会正副委員長が森京介建築事務所に明治史料館工事について電話で聴取した内容が報告された。

その内容は、玄関ポーチの二センチメートルの平面的なずれはやむを得ない、躯体は高度な技術を要する設計でありできれば経験豊かな業者を望んだ、原告は建物各所に存在するアール部分についてのコンクリート打ちに慣れているとは思えなかつた、様々な手直し要求をし原告もそれに応えやり直しはしてくれた、建物がゆがんだりずれたりすることは絶対にない、工期末になつて天候が不順になつたため工期が遅れぎみで多少の無理を承知で工事が進んだ、不出来な部分については何回か指摘をして納得のいくまで直させた、総体的にはより良い仕事をして下さつたらと今でも思つており、評価としてはベストではないが合格点だと思つている、設計思想が充分活かされたかは答えられない、原告の資質では荷が重い工事であつたと思う、原告も今回の工事で原告なりに様々な苦労と多くの勉強をしたと思う、当事務所にとつて特徴的な設計作品であつたが六~七分の出来であつたと思うなどというものであつた。

これら報告のあと、質疑が打ち切られ、各委員の意思陳述が行われた。各委員は要旨以下のとおりの理由を述べて、全委員が契約締結に反対した。

川口末吉委員 本件契約の相手方の一方である原告は明治史料館のような出来ばえの工事をする業者であり、本件複合施設の重要性を勘案するとより慎重な契約相手を選ぶべきである。

小川晃司委員 原告は、資質的に五億円の複合施設に対しての適格性を欠いている。技術面でも、森京介建築事務所の回答にもあるように、非常に不十分な技術しかもつていない。

村尾昌也委員 原告について色々と問題が提起されここまで問題が大きくなり、事実明治史料館の工事に粗悪な部分が認められるという状態であり、本件複合施設の建設にはもつと慎重に取り組まなければならない。

丸山久乃委員 明治史料館の工事にはとかく問題があり、こうした工事には市民も大変不安であり、そのような業者に本件工事を請け負わせるということは大変心配である。

庄司睦委員 昭和五八年六月定例会において委員から原告に対する不安が出ていたが、一年後の今回の当局との質疑においても原告に対して不安を覚える。

立木栄一委員 原告の技術力、資質に大きな不安があり、連帯責任を負う共同企業体の共同請負的性格を考えるとき、本件複合施設の必要性、市長の政策は支持するが、原告企業体が工事請負業者として適格と判断できないので反対する。

武藤貞夫委員 教育施設は限りなく一〇〇点に近づくような施設でなければならず、限りなく六〇点に近づくような施設であるならば教育施設としては資格がない。これを考えると、直前に行われた明治史料館の竣工結果をみた場合には可決することはできない。

西原豊委員 本件複合施設建設という施策はまことに立派であり、使いよい立派な施策を作つてほしい。たまたま共同企業体の中の一社が昭和五八年度において明治史料館の施工をしているからその成績を参考にして判断すべきである。明治史料館は、専門家でないものが見ても各所に粗雑的な工事が散見される。当局は、工事の検査結果も具体的に示さず許容の範囲ということで終始している。明治史料館工事は、竣工段階においてもかなりの指摘、補修を経てぎりぎりクリヤーしたと理解でき、設計事務所も技術的には満足していない。

そこで、議長が、議第六四号について起立により採決したところ、起立者がなく、否決すべきものと決定された。

(七) 第二回市議会臨時会第一日

同年八月六日午前九時三〇分、本会議に先立ち、議会運営委員会が開催され、その席上、原告代理人弁護士から市長あて八月二日付け内容証明郵便で、明治史料館問題について市議会等に十分な資料提供、説明をして、本件工事請負契約議案が可決されるよう尽力すること、および、原告に公開の場における弁明の機会を与えるよう努力するかまたは同年七月一六日付け上申書および当該書面の趣旨、理由を詳細に報告するよう求めた要求書が出されていることが報告された。

同日午後一時、第二回市議会臨時会が開会され、議長により、議第六四号が議題とされ、長沢隆一文教消防委員会委員長に報告を求めた。

同委員長は、まず、同委員会における審査の概要について、原告が手がけた明治史料館の工事についての質疑内容、同工事の監督および検査についての質疑内容、本件工事にあたり市当局は明治史料館の問題をどのように踏まえるかについての質疑内容をそれぞれ報告し、次いで、委員の意見として、原告の適格性、技術力に疑問があるので反対との意見、本件複合施設は教育施設であり契約の相手方をより慎重に選ぶべきであるが原告の行つた明治史料館を見ると非常に不安を覚えるので賛成できないとの意見、施設の必要性や市長の政策は支持するが原告の技術力および資質に対して大きな不安があり反対であるとの意見、施設建設は支持するが原告の過去における工事の仕上りをみると契約には賛成できないなどの意見があつたことを紹介した。そして、同委員長は、同委員会は議第六四号は否決すべきものと決したとの結果を報告した。

議長は、会議を休憩して右委員長報告に対する質疑および討論の通告を受けたが通告がなく、再開後、質疑、討論なしに採決にうつり、議第六四号を原案のとおり決することに賛成の議員の起立を求めたが起立者がなく、議員三六名全員の反対により、議第六四号は否決された。

2  議会の議決の法的性質

ところで、地方自治法第九六条第一項第五号の議決の法的性質について検討すると、地方公共団体の契約の締結は、予算の執行行為であるから、本来的には執行機関である長の権限であるが(同法第一四九条第二号)、同法は、特に重要な契約の締結については、これを長のみに委ねず、議事機関である議会をその決定に参与させることとしたものであり、同法第九六条第一項第五号の規定の文言が「契約を締結すること」となつていて、許可、承認や同意などと異なつて議会が自ら決定する趣旨であると読めることからも、この議決は、どのような内容の契約を締結するかということについての地方公共団体の意思決定であると解すべきである。

3  審査権限を逸脱した違法があるか

前記認定事実によれば、市議会は、本件契約議案を審査して本件議決をなすにあたり、主として、契約の相手方企業体の一構成員である原告について、直近に行つた明治史料館建設工事を判断材料として、原告の本件複合施設建設請負業者としての適格性、特に必要な技術力を備えているかという点について審査、判断したものであり、本件契約が予算の違法、不当な支出ではないかという観点から審査したものではないことは明らかである。

しかし、地方自治法第九六条第一項第五号の定める契約締結の議決が地方公共団体の意思決定であることからすると、その契約を可決するか否決するかについての議会の審査権限は特に制約がないと考えるべきである。すなわち、法は、契約締結行為のうち特定の範囲のものに限つては、長ではなく議会の権限としたものであり、議会は自ら地方公共団体の意思を決するという立場から、自由に審査を行い得るものと解されるのであつて、長の予算執行行為を議会が違法、不当な支出を抑制するとの立場のみから関与すべきとの原告の所論は狭きに失し採用できない。

したがつて、本件議決には、市議会がその審査権限を逸脱した違法はない。

4  裁量権の濫用による違法があるか

一般に、地方公共団体が、ある契約を締結するか否かを決するにあたつては、ことの性質上、諸般の事情を幅広く考慮した上で、契約の必要性、相手方や対価その他契約内容の適否などについて、総合的な判断をすることが必要であり、前記のように、特定の範囲の契約については地方自治法によつて議決を要する事件と定められて右判断が議会に委ねられている以上、議会には、地方公共団体の意思決定機関として広範な裁量判断の余地があるものと解すべきである。したがつて、議会の契約に関する議決が違法となるのは、そのような議会の裁量権を前提にしてもなおその裁量の範囲を踰越または濫用して議決がなされた場合に限られる。

これを本件について見ると、本件議決は、前記認定のとおり、昭和五九年七月四日、議案が市議会に上程され、同月六日、七日、八日、一七日、二六日開催の文教消防委員会において、委員らから、原告が前年度に行つた明治史料館工事の内容等を問題にする意見が出され、審査の結果、全委員が、原告が本件複合施設の工事請負業者として適当でないとの意見を述べて、否決すべきものと決定し、同年八月六日、文教消防委員会委員長の報告を聞いた本会議が、全員一致で決定したものである。

文教消防委員会が、明治史料館工事の内容を問題にしたことについて検討すると、本件工事はその予定価額が金五億円と比較的大型の工事で、本件複合施設自体も教育等に供される施設として重要なものであつて、市議会が請負契約の締結の相手方を決定するにあたり候補者たる請負業者の資質や技術力を審査するのは当然であり、そのために、原告企業体の一員である原告が本件工事の直近に被告から請け負つて建設した明治史料館の工事結果を問題とすることができることもまた当然であるといえる。なお、原告は、原告企業体の代表格は訴外佐藤建設であるのに、市議会では佐藤建設については一切取り上げられていないというが、原告企業体は佐藤建設を代表者とするとはいえ、双方の出資割合が五〇対五〇と対等であるばかりか、双方が請負契約を連帯して履行する責任を負つているのであつて、原告企業体の構成員として重要な立場にある原告のみを適格性審査の対象としても何ら問題はないと解される。

また、文教消防委員会における調査の方法については、前記認定のとおり、市当局者に対する質疑および資料提出の要求、現地視察、森京介建築事務所への照会などを行いながら、市議会閉会中に継続審査するなど、通常の議案にかける以上の時間をかけて行つており、市議会が契約の可否を早期に決しないと本件複合施設の建設自体に支障がでるという状況のなかでは、一応、十分な調査を行つているものと認めてよいといえる。たしかに、現地視察は、必ずしも建築の専門家ではない委員らが、前記認定のように短時分で外観を中心に見た程度に過ぎず、これのみをもつて明治史料館工事の評価を云々するのは不適当であるが、市の工事監督、検査担当者や森京介建築事務所の専門的な意見と併せて判断の材料としているのであるから、調査が不十分との原告の主張はあたらない。

文教消防委員会は、明治史料館の工事に関し竣工検査の段階で七八件の手直し指示を受けたこと、できあがつたものについては屋根の棟部分に波打ちやずれがあること、屋根のカラーベストに破損があること、玄関前ポーチのタイルにずれがあること、玄関前の円柱の仕上りが悪いこと、市当局は、これらの点を許容の範囲内として合格としたこと、森京介建築事務所は建物を許容の範囲内とするものの不満がないではないこと、などを主要な議論の対象としているが、これらの事実は、いずれもそれ自体は真実であり、これを踏まえて、市議会が原告に本件複合施設建築の適格性があるかないかを評価することは市議会の裁量判断事項であると解されるから、原告主張のように、本件議決が誤つた事実認定にもとづいているということはできない。

さらに、委員会が右のような事実をもとに、原告に適格性がないと判断した点については、いかに市当局の検査基準を充足しているとしても基準ぎりぎりで合格したのでは請負業者の工事能力として満足すべきものではなく市の施設の建設にあたつてはできる限り検査結果の評点が満点に近い工事の施工を求めなければならないし、逆に前記のような工事上の問題点があるにもかかわらず合格させるのは市当局の検査基準が甘いのではないかという、市当局とは異なる考え方にもとづいているものと認められ、議会がそのように判断することはそれなりに理由のあることであつて(実際、市議会のこのような態度が以後の市当局の建設行政に対し影響を及ぼしている。)、これをもつて恣意的であるということもできない。なお、本件複合施設は明治史料館と比較すると建築技術的には難易度が低く通常の庁舎建築と同程度であるが、委員らはそれを前提にしても原告に建築を委ねることには不安があると判断したのであり、この点も当裁判所の右認定、判断を左右しない。

本会議の本件議決は、前記認定のとおり、文教消防委員会委員長の報告を受けて、特に質疑もなく採決されているが、市議会の議決の当否は、本会議の審議のみならず、本会議より議案の付託を受けた委員会の審議を含めて全体として考察されなければならないところ、文教消防委員長の報告は文教消防委員会における委員の意見を集約したものとして内容的に問題はないし、本会議における質疑もその通告を受け付ける時間をとつたが通告がなかつたのであつて、議案の審査を付託した文教消防委員会において既にかなりの調査、審議がなされ委員全員一致で否決すべきとの結論がでていたことを考えると、別段不当な採決ともいえない。

ところで、当事者間に争いのない別紙新聞掲載記事要旨一覧記載のとおり、市議会における審議に先立つ昭和五九年六月二日から、地元紙である沼津朝日新聞が、連日、明治史料館の工事にまつわり市が原告に便益を与えた疑惑がある旨の記事を掲載し、また、同月一三日からは、明治史料館の工事はズサンであり市当局もズサンな検査によりこれを許容した旨の記事の掲載を始めている。さらに、同年七月三日には、中央紙である朝日新聞(静岡面)および地元紙である静岡新聞にも、定例市議会で荻沢議員が明治史料館の用地取得に絡み不当支出と同館のズサン工事を指摘した旨の記事が掲載された。以後、文教消防委員会が開催された同月六日、七日、八日、一七日、二六日の前後、沼津朝日新聞、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、静岡新聞に、議会の議事の経過、明治史料館の工事の不良箇所、同館の用地取得に関し弁護士グループから市職員が刑事告発されたなどの記事が多数掲載され、文教消防委員会での審査が終了してから本会議において本件議決がなされるまでの間も、本件に関連する何本かの記事が沼津朝日新聞に掲載されている。右各記事の掲載時期ならびに市当局および原告に対する批判的な論調を考えると、これらの記事が、市議会において各議員らが挙つて原告の請負業者としての適格性を問題とした背景となつていることは想像に難くない。しかしながら、それ以上に、市議会が右各記事に扇動、眩惑されて誤つた事実認定にもとづいて議決をしたと認めるに足りる証拠はなく、市議会の審議は前記のごとく右各記事とは独立に通常の審議形態に則り行われているのであつて、この点に関する原告の主張も理由がないというべきである。

その他、本件全証拠によつても、被告市議会が本件議決にあたりその裁量の範囲を踰越したとか裁量権を濫用したことを基礎づけるに足りる事情を認めることはできず、本件議決には裁量権の踰越または濫用の違法はない。

5  原告の聴聞の機会を与えなかつた違法があるか

一般に地方公共団体の議会が何らかの議決をなす場合、その議事は、地方自治法等の法令に則り適正な手続きによらなければならないということができるが、具体的にどのような手続きをとらなければならないかは、議決の種類によつて一様ではないと考えられる。本件議決の対象となつている契約の締結は、地方公共団体が住民の権利を制約するとか特定の住民に対してのみ利益を与えるようなものではなく、地方公共団体と契約の相手方たる私人とが対等な立場において契約を締結するものであつて、地方公共団体が相手方を決定する際の審査にあたり相手方の弁明を聴取する必要があるか、あるいは、聴取する必要があるとしてどのような方法により聴取するかについては、具体的な場合における議会の裁量判断に委ねられているということができる。

これを本件についてみると、前記認定のとおり、たしかに、本件議案の審議にあたつては、原告が市議会あるいは文教消防委員会に対し直接に明治史料館工事についての意見を述べる機会はなかつたものの、原告が市当局にあてた上申書の内容は委員協議会の席で、同じく要望書の内容は議会運営委員会の席で、それぞれ報告されていて、明治史料館工事に関する原告の弁明内容は概ね議員(委員)らに認識されているのであつて、市議会があらためて原告から説明を受ける必要はないと判断して原告に聴聞の機会を与えなかつたとしても、裁量権を逸脱した違法な手続きであるとまではいい得ない。

6  結論

したがつて、本件議決が違法であるとはいえない。

三  市長の行為の違法性について

1  議決されるよう努力しなかつた違法があるか

はじめに、昭和五九年七月二日から同月二九日までの間(本件議案の審議開始は同年七月四日。)は、市長は病気療養中であり、以下において、当事者の主張のうち右の期間の市長の行為については、市長の補助機関である吏員たる市当局者の行為と読みかえて判断することとする。

本件契約議案が文教消防委員会で審査されているところ、市長サイドからは委員らに対し、議案の詳細な説明あるいは可決の要請等の特別の働きかけは行われていない。けれども、市当局者は、本件契約は締結せられるべきものとの判断のもとに議案を市議会に提出し、委員からの質疑に対しては原告の明治史料館工事は許容の範囲内であり合格であつたことを繰り返し答弁し、原告の弁明の希望も文教消防委員会委員協議会、議会運営委員会の席上で市議会に伝えているのであつて、それにもかかわらず、工事請負業者の適格性に関する執行機関側と市議会との意見の相違により契約が否決されたことは前記認定のとおりである。したがつて、仮に原告が主張するように、被告(当局者)に仮契約の一方当事者として契約の締結に向けて努力すべき法的な義務があるとしても、本件では被告(当局者)はその努力は尽くしたというべきであり、所論の違法はない。

2  再議に付さなかつた違法があるか

地方自治法第一七六条第四項により再議に付すべき議決は、議会が権限を超え、または、法令等に違反してなした議決であるが、前記のように本件議決は市議会の権限を超えず、法令等にも違反しないので、市長には、再議に付す義務がない。

3  原告を再指名しなかつたことについて

本件議決のあと、被告は、改めて本件工事請負について入札手続きを行うこととし、設計の内容を一部組み替えた上、全く新たに一〇社を入札者として指名し競争入札を実施した。

このときは、被告は、前回と異なり共同企業体方式はとらないこととし、指名されたのは地元以外の大手業者らで原告企業体または原告は含まれず、実際落札したのも全国二五位の業者である三菱建設であつた。

しかしながら、前記のとおり原告企業体を契約の相手方とする本件工事契約議案が共同企業体の一員である原告に工事能力の適格性に疑問があるとの趣旨で市議会により適法に否決されたのに、同じ施設の工事について再び原告を入札指名することは議決の趣旨に反してかえつて不適切であり、市当局の措置が違法でないこと明らかである。

4  結論

したがつて、市長(市当局)のとつた措置にも違法はない。

四  履行着手により生じた損害について

原告は、仮契約締結後本契約締結前に履行に着手したため生じた損害についても損害賠償請求の対象としているので、念のため、この点について被告に何らかの責任があるかについても判断しておくこととする。

原告企業体は、昭和五九年七月二日および四日に、本件複合施設建築用の異形棒鋼を綿半鋼機株式会社に下請発注していて、これは、従来、被告において仮契約がなされながら議会の議決が得られず本契約の締結に至らなかつた例がないため、原告企業体としても工期に遅れないよう早目に準備をしたものであることは認められる。

しかし、前記のとおり、本来、仮契約は予約に過ぎず、議会の議決を得たのち本契約が締結されるもので仮契約自体にはなんら本契約としての効力は認められないものであり、本件の場合についても、入札指名の段階で、原告企業体に対し、議会の議決があつた後に契約を締結するものであることが文書により通知されているし、仮契約書にも議会の議決を得た後に本契約を締結する旨が明記されており、被告の側に、原告企業体に対し、市議会の議決前に履行に着手するよう促したり、右着手を容認するなどの積極的行為があつたとも認められないから、この点について被告に契約締結上の過失責任あるいは一般の不法行為責任があると解することはできない。

第六  結語

よつて、市議会の本件議決あるいは市長のとつた措置に違法はなく、被告の原告に対する不法行為は認められないから、その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由がないことに帰する。

(裁判長裁判官 秋元隆男 裁判官 仲戸川隆人 裁判官 松村 徹)

《当事者》

原告 三信工業株式会社

右代表者代表取締役 久保田三輪

右訴訟代理人弁護士 中田直介 同 石井憲二 同 北村宗一

被告 沼津市

右代表者沼津市長 桜田光雄

右訴訟代理人弁護士 島田 稔

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例